2010年12月20日

栗田智仁のドリアン伝説

栗田智仁のドリアンの話
はい!栗田智仁です。

今日はドリアンの伝説!?について紹介しようと思います。

ドリアンにはこれまで、無数の伝説が語られてきた。
 そのひとつは臭いに関するものである。
 ドリアンの臭いを形容した表現はいろいろある。
 ごくざっと蒐集しただけでも、「ウンコ」「メタンガスの臭い」「生ゴミを腐らせた臭い」「水虫で脂足のオッサンが数ヶ月はきつづけた靴下」「腐ったチーズ」「下水のドブの中を流れてきたチーズ」「プロパンガスとニンニクの腐ったのとタマネギの腐ったのを混ぜ合わせたもの」「ニンニクとタマネギが腐ったものを混ぜたロックフォールチーズのカスタードプリンを真夏のベランダに三日間放置してから精霊流しで神崎川の下水道をくぐらせてきたもの」などがある。
 その臭いの波及範囲についても、さまざまなことが言われている。
 ごくざっと蒐集しただけでも、「冬の密室バスの温風暖房で加熱されたタクアンよりも破壊的」「その臭いは十里四方に届く」「バス、鉄道、ホテルなどの公共機関にはドリアン持ち込み禁止」「それどころか、ドリアンを食べた人は半日間公共機関への立入禁止」「ドリアンを剥いた手は一週間悪臭を放ち続ける」「ムエタイ選手の禁じ手にあるが、ドリアンを拳に握ってパンチすると一発でチャンピオンも悶絶する」「ドリアンを一個持ち込むと、その飛行機の計器に異常が生じて墜落する」「熟練の麻薬犬がドリアンの臭いを嗅いだために半年間使用不能になった」「香道の家元が真夏にタイを訪れたために廃人となって流派が断絶した」「裏千家の家元は真夏にインドネシアに行ったせいで新境地を拓いた」などがある。

 本当なのだろうか。
 もしこれらの言葉が真実なら、東南アジアは六月から十月まで、阿鼻叫喚の巷となっているのではないだろうか。ドリアンの臭いに弱い人は淘汰されているのではないだろうか。カオサン通りは阿片と大麻とドリアンでばたばたと人死にが出ているのではないだろうか。
 すくなくとも、2003年6月上旬のバンコク市内は、そんなに凄くはなかった。スーパーマーケットでも、ドリアンを丸ごと転がして並べていたが、そんなに凄い臭いではなかった。ま、かすかながら、食べ物とはおもえない臭いがしていたのは事実だが。
 そもそも、もしドリアンがそんなにすごいのなら、そもそもスーパーで売ることはできないのではないだろうか。だれが下水のドブの臭いが1キロ四方にたちこめる店で食い物を買おうと思うか。腐ったタマネギチーズの臭いがしみついたパンツを買おうと思うか。
 バンコクのような都会で売られるドリアンは完熟しておらず、臭いも薄いといわれる。またタイのような先進国では品種改良も進み、臭いの弱いドリアンが普及しているともいわれる。そしてまた、まだドリアンの最盛期ではなかったため、まだ熟していないドリアンばかりだったとも考えられる。それにしても、やっぱり先人たちは大袈裟だと思う。うちのホテル、ドリアン禁止じゃなかったし。ちっ、せっかく大量のジップロックを用意して密輸に備えていたのに。

posted by 栗田智仁 at 13:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。